
「経済は『感情』で動いている」は、本誌コラムを7回にわたって執筆していただいた友野氏の著書『行動経済学』のサブタイトルだ。人の消費行動や選択は一見不合理に見えるが、その不合理さには一定の傾向がある。行動経済学から、今回の不況と消費者行動はどう見えるのだろうか。
今回の不況に何か特別な意味を見出そうとしている人には、非常におもしろくない結論になってしまうのですが(笑)、モノが売れなくなっているということでは、バブル後の不況も、今の不況も、起こっていることは基本的に同じです。
世代によって買う、買わないに差が出ているのであれば何らかの説明が必要ですが、全体として売れないのだったら、通常の不況期と変わりはないわけです。将来が不安な時に消費を控えるというのは、消費者としては当然というか、非常に合理的な行動で、今はまさにそういう状況が続いているということです。
行動経済学的な視点から今回の不況に対して言えることがあるとしたら、消費者心理の違いです。消費者の感じている不安が、バブル後と比べれば大きいかもしれません。
例えば、バブル後には年金制度の崩壊は言われていなかったですし、派遣も専門職を除いてほとんど禁止されていましたから、雇用問題も今ほど深刻ではなかった。それから、バブル後の不況は日本だけでしたが、今回は世界同時不況でしたから、輸出にも期待できない。さらに、中国、インド、ブラジルといった国々が経済発展してきて、それも日本の脅威になっている。こうしたことから、将来に対する消費者の不安は今のほうが大きくなっているのでしょう。
今、日本が置かれている状況から考えると、すぐに景気が良くなるのは難しいかもしれませんね。ただ、消費者の不安を少なくしていくことは可能だと思います。
行動経済学的には、こういう時には、インフレ誘導がいいということはわかっていて、実験でも確かめられています。給料が上がっても、一緒に物価が上がったら消費は拡大しないと考えるのが、これまでの経済学です。行動経済学では名目的な賃金が上がれば消費にプラスになると考えます。給料が10倍になっても物価も10倍になれば実質的には変わりません。そこで、消費も影響されないというのが合理的な考え方です。しかし、私たち人間は、給料が10倍になれば喜んで消費を増やすのです。
今はデフレで、給料が下がって物価も下がっている状態です。逆に、給料が上がって物価が上がっても、実質的には変わらないわけですが、人間は給料を下げられる方、つまり損失に強く反応するんですね。やはり、お金があることが肝心なんです。消費者の不安解消のためには、そういう政策対応が必要だと思うのですが、残念ながら、それもあまり期待できない。その中で、企業はどうするかという状況にあると思うんですね。
今売れている商品を分析すれば、確かに、みんなが買いたくなる要素は含まれていると思います。しかし、それは後追いの説明になってしまうし、売れている要因を探っていくと、当たり前の結論になってしまうことが多いんですね。
例えば、今回の不況の特色として、「一人勝ち」ということがよく言われます。ファッションやファストフードなど各業種で特定の企業だけが売れている。こうした企業の共通点は、安くて、しかもある程度品質のいい物を提供していることです。そうしたものが売れるのは、ごく当然というか、非常に合理的とも言える。それを他の企業が追随できないから、今は、そういう企業が目立っているということです。
ただ、消費者が商品の品質を本当に正しく評価して、そういう商品を選んでいるかというと、かならずしもそうでもないんです。
すべての消費者が、商品の品質を正しく判断して商品を買っているわけではない、ということです。
最近は、特定の商品が売れることが、以前より極端になっています。映画もそうですし、本もそうです。それから、グローバル化やIT技術の進歩で、普通の人には品質がよくわからない商品が増えている。そういう中で、なぜ特定の商品に人気が集まるのかと言えば、ある程度商品の品質がわかる人が最初に「これいいよ」と言うと、ほかの人もみんな飛びついてしまう。自分ではその商品の品質がわからないから周りの評価に頼ろうという心理が働くわけです。
さらには、ネットによって、口コミやうわさで、ある程度品質の良さそうなものに人気が集中するということが、いっそう加速しています。以前は、ネットが発達すれば情報に誰でもアクセスできるようになって、情報の不確実性が減ると言われていました。しかし事実は逆になっていると思いますね。