
ここ数年、小売業は消費者の低価格志向に、メーカーはそれと同時に、ブランドのコモディティ化に苦しんできた。そこで注目されるようになったのが「ショッパーマーケティング」だ。生活者をコンシューマー(消費者)としてではなくショッパーと捉えることで、マーケティングはどう変わるのか。中央大学ビジネススクールの中村博教授に聞いた。
ショッパーマーケティングとは、売場価値とブランド価値を高めるために、「ショッパー」の購買行動を理解し、店頭での購買モードを高め、購買に至らせるすべてのマーケティング活動を指します。ショッパーマーケティングは、これまでの店頭プロモーションやメーカーの商品開発、コミュニケーション戦略の行き詰まりを打開する突破口になると考えています。

そこは私も悩んでいて、ぴったりの日本語がないので「ショッパー」と英語のまま言っているんですね。
まず言えるのは、コンシューマー(消費者=生活者)やカスタマー(顧客)とは違うということです。これまでメーカーは、コンシューマーを想定して商品開発をしてきました。そして、その商品の購入者はカスタマーと呼ばれていたわけです。
では、ショッパーは何かというと、例えばお菓子なら、買う人(ショッパー)がお母さん、食べるのは子ども(カスタマーあるいはユーザー)ということになります。ショッパーは、この「買う人」のことです。
ショッパーという視点で見ると、これまでとは違うアプローチが見えてきます。例えば、ショッパーは購入する商品の7割を店内で決めています。また、陳列してある商品を見る時間も、平均するとわずか2秒です。そうすると、POPも説明型よりも一瞬でわかってもらえる情緒型が有効だということがわかります。
また、ショッパーという視点は小売の改革だけでなく、メーカーにとっても非常に有益です。これまでメーカーは、商品の効用やそれを使うシチュエーションについては一生懸命考えてきましたが、買う人、つまりショッパーの気持ちまで考えた商品開発をしてきませんでした。
ショッパー視点で見れば、小売業の売り方やメーカーの商品開発も変わってきます。それが、ショッパーマーケティングの基本的な考え方です。
2007年に、世界最大の食品企業団体であるGMA(米国食品製造業協会)が言い出した言葉です。最初はウォルマートのインストアのデジタルサイネージ(インストアTV)への対応だったというのが私の見方です。
このデジタルサイネージの普及には、クラフト、ペプシコ、ユニリーバ、P&Gなどが参加していますが、全米のウォルマート約2700店舗をネットワークし、その来店者は1週間に1億2700万人に上ります。一方、アメリカの3大ネットワークABC、CBS、NBCのイブニングニュースの視聴者は6800万人に過ぎません。しかも、店内にいるショッパーは買う気満々ですから、そこで流すコマーシャルは、(サイネージが見られるという条件付きですが)テレビよりはるかに効果がある。もちろん、広告料金もテレビよりはるかに安い。ウォルマートは、そういうセールストークでメーカーから協賛企業を集めたのです。
その頃、P&GのCEOが「メーカーはコンシューマーと交渉しているというのに、小売業はショッパーと交渉できる」という名言を残しています。
きっかけはウォルマートのデジタルサイネージだったのですが、大きな流れとしては、メーカーのEDLP(エブリデー・ロープライス)対応だったと私は見ています。ウォルマート流の低価格販売を続けていると、商品はあっという間にパリティ化(同質化)、コモディティ化(差別化の余地のない一次産品化)します。それに、どう対応するかが、メーカー側の課題だったのです。
もう少し具体的に言えば、アメリカでは小売業の上位集中で低価格圧力が増したことに加え、PB(プライベートブランド)も2割を超えるまでになってきていました。また、消費者も低価格志向になり、指名買いが減少したこともあります。さらに、市場が多様化し、マス広告が昔ほど効率的ではなくなっていました。ただでさえ商品間の差異がなくなっているのに、放っておくと、低価格化に歯止めがかからなくなる。そうしたことが、ショッパーマーケティングが注目されている背景にはあるのです。
それが理由の一つになっていますが、日本にも当てはまることだと思っています。日本は小売業の上位集中化が進んでいないとよく言われますが、私はそうは思いません。イギリスは食品小売業の上位4社で6割を占めるほど集中化が進んでいすが、ヨーロッパの国々は比較的小さいですから、日本の都道府県をヨーロッパの1か国と考えると、事情はそんなに変わらないんですね。
例えば北海道では、アークスとコープさっぽろの2つの食品スーパーが強くて、この上位2社で約40%のシェアを占めています。首都圏は別ですが、県別で見ていくと、地場の強いスーパー2、3社でシェアが5割を超えているところが多いのです。
そう思います。各県の上位の食品スーパーを見ていくと、低価格で商品を消費者へ提供する「エブリデイ・ロープライス戦略」と、価格を期間限定の特売などにより変動させる「ハイアンドロー戦略」でシェア争いをしていることが多いのですが、後者の戦略をとっているスーパーにとって、ショッパーマーケティングは、非常に有効なマーケティング手法になると思っています。例えば、北海道では、アークスが「エブリデイ・ロープライス」なのに対し、コープさっぽろは「ハイアンドロー」です。
これまでも、メーカーは商品の価格低下を防ぐために、ISM(インストア・マーチャンダイジング)やカテゴリーの売上や利益を最大化するカテゴリーマネージメント(カテマネ)などに取り組んできましたが、あまりうまくいきませんでした。ISMは、店舗効率の目線で消費者を見てしまうため、顧客の潜在的ニーズに応えられないという限界がありました。また、カテマネの中心は定番の棚ですが、日本の場合は売上の半分を占めるエンドなど定番外売場での展開も含めてカテマネの展開をしていることもあり、小売およびメーカーともに人手不足やノウハウ不足でうまくいきませんでした。そうすると、価格プロモーションにどうしても引っ張られてしまう。特売をどうするか、エンドをどうするか、チラシをどうするか、という価格の話になってしまったんですね。そういう中で、マーケットシェアを取ろうとすると、どうしても値段を下げて、売上を上げるというストーリーになってしまう。それが、ここ10年ぐらいの現状だったと思います。
