消費はどこへ向かうのか

東日本大震災から半年以上たち、消費の本格的な回復が求められている。しかし、消費はなかなか上向いてこないように見える。リーマンショック後の不況、震災を経て消費者行動はどのように変化し、またどうすれば消費活性化の糸口がつかめるのか。ブランド研究、消費者行動研究者であり、企業の戦略アドバイザーも務める中央大学大学院戦略経営研究科の田中洋氏に聞く、消費の今。

今の消費状況をどう見ていますか。

いろいろな経済指標を見ても、かなり震災前の数字に戻ってきていますね。アメリカで大きな事件が経済に及ぼす影響を調べた研究があります。2001年の9.11(アメリカ同時多発テロ事件)だけでなく、湾岸戦争(1991年)やオクラホマ市役所爆破事件(1995年)など90年代にも大きな事件がいくつもありました。その中で経済に影響を与えたのは、唯一、湾岸戦争だけだったのです。大きな事件や災害が起きた当初は一時的に消費を控える現象が起きますが、意外とすぐ日常に戻ってしまうのです。

文芸評論家の柄谷行人氏が「明治・昭和反復説」を唱えていました(柄谷氏はこの説は現在では「封印」しています)。何かと言うと、明治の時代に起きた出来事が、昭和の時代に反復するという説です。

例えば、西南戦争は明治10年に起きていますが、昭和12年には日中戦争が起きています。それから、明治45年に乃木大将が天皇崩御で切腹して殉死していますが、昭和45年には三島由紀夫の腹切り事件が起きています。そういうように、明治と昭和に起きたことが反復するという説です。

昭和を延長すると、今年は昭和86年に当たります。それとほぼ同じ明治85年(1952年)に何が起こったかというと、マグニチュード9.0のカムチャツカ大地震が起きている。ところが、その年は昭和で言えば27年で、日本の高度経済成長が始まる時期なんです。ということは、「今年から日本の高度経済成長が始まる」ということなんですが、そう言っても、今は誰も信じないでしょうね(笑)。柄谷氏自身も、そうした反復に根拠があるわけではないと言っているのは当然です。

でも、それも見方次第なんです。最近は円高が続いていますが、日本のGDPをドル建てで計算すると8~9パーセント成長しているんですね。

輸出企業はそれどころではないでしょうが、確かにそう見れば…。

そういう風に少し視点を変えてみると、もう日本はダメだとか、不景気だとか、いろいろ言われていますが、ヨーロッパやアメリカを見ても同じようなものですし、むしろ、その中で円高になるくらいだから、ひどくはなっていないという考え方も成り立つと思うのです。もちろん、それが、客観的な経済の話として正しいか正しくないかは別ですが。

僕が言いたいのは、消費はそういう心理的要素が非常に大きいということです。マスコミの論調や外からの情報にものすごく影響される。もちろん給料が少なくなったとか、現実的な問題を抱えている人もいるでしょうが、多くは、経済の先行きや将来の年金に対する不安などマクロな情報に影響されて消費を控えておこうという気持ちになることのほうが要因としては大きいということです。

ムードに左右される消費者

消費が外からの情報に揺れ動かされやすいのはなぜでしょう。

人間は、常に何らかのムードの中にいるからです。ムードとは、自分が察知する世間の空気です。朝起きて雨がザーザー降っていたら、気分が暗くなる。逆に、天気がいいと良くなる。

外からの情報も同じです。マスコミやネットから得た情報が、その時のムードを作り、今の消費に大きな影響を与えているということなんです。だから、バブルの時もそうでしたが、景気のいい時というのは、人間は「この景気はずっと続くものだ」と思い、逆に景気が悪くなると「良くなることはあり得ない」と考えてしまう傾向があるのです。震災が起こった当初も、お花見を止めるなど社会に自粛ムードがありましたが、それも世間のムードを察知して、消費を控えようという心理からきているのです。

ただ、もう一方で人間はネガティブなムードに、ずっと耐えられないという傾向があります。それから、震災のああいう悲惨な出来事をなかなか直視できない。直視すると、心理的な平衡、バランスが保てなくなるので、日常に戻ろうとする力が効いてくるんですね。

そのムードを一新して、消費を回復するにはどうしたらいいかということですが。

そのための手がかりは、いくつかあると思います。例えば倫理的消費です。「倫理」という言葉はわかりにくいですが、僕は「他者のためにどう振る舞うかを決める」のが倫理だと思っています。お金を使うにしても自分を満足させるためだけに使うのではなくて、困っている人のために何か役に立つような消費行動をとる。応援消費や寄付つき商品の購入も、その一つだと思います。

もう一つの流れは、フェイスブックやミクシィ、ツイッターなどのソーシャルメディアによって消費の流れが変わったことです。消費という観点からソーシャルメディアを見て明らかになってきたのは、人とつながりたいという欲求です。

これまでは付き合いを長く保つことは非常に大変なことでした。手紙を書いたり、食事をしたり、たまに酒を飲んだり。要するに、コストがかかった。しかし、ソーシャルメディアを使うことによって、コストを少なく、人とのコネクションを保つことができるようになったのです。

社内ネットワーク理論の中にも出てきますが、これは強い紐帯よりも、弱い紐帯のほうが役に立つこととも関係しています。紐帯というのは、コネクション、つながりという意味です。強い紐帯とは何かというと、毎日一緒に麻雀をやったり、飲みに行くという関係です。そういう濃い付き合いではなくて、ソーシャルメディアでつながった状態にあるくらいの軽い関係のほうが、むしろ社会生活には役に立つんだという理論があります。

人との関係は、いつどういうときに必要になるか予測ができません。ある一人の人と深い関係を保って、そこにコストをかけるよりも、いろいろな可能性を弱い紐帯で持っておくほうが役に立つということです。今のツイッターやフェイスブックは、そういう弱い紐帯をうまくつなぎ止めるのに役に立っているんですね。

消費の二極化

最近は、サラリーマンの所得が減っていると言われていますが。

世界的傾向としてあるのは、消費の二極化です。ただ、二極化を富裕層・非富裕層と単純に二つに分けて考えるのは間違いで、今起きているのは「中産階層の下層化」です。中産階層の家庭が今は下に行っているんですね。

最近は第2のリーマンショック到来かと言われていますが、その一つの要因は、おっしゃるようにリーマンショック以降の不景気が中産階層を直撃して、収入が減ってしまったことです。日本のサラリーマンの平均所得は、1997年の467万円をピークに、リーマンショック直後の2009年の406万円よりは少し持ち直しましたが、それでも2010年で412万円まで年収が下がっています。

その結果、中産階層に「安いものでもいい」という意識が生まれてきた。衣料品はリーマンショック前からそうでしたし、最近は高級住宅地にまで100円ショップができるようになっています。中途半端な中級品が売れない時代になっているんですね。

典型的なのが化粧品です。これまで化粧品メーカーは中級クラスのカテゴリー、3000円から5000円ぐらいの価格帯で勝負してきました。そこに基礎化粧品を中心に異業種から1000円以下の安い化粧品が出てきて中級のラインが売れなくなってきています。

日本は昔から中産階層の国と言われきましたが、それが変わってきた。これまで中級品を買っていた人たちが、年収も下がり、安い商品しか買えなくなったり、安い商品でもいいという意識になってきている。そういう意味の消費の二極化が、今起きていると思いますね。

その一方で、世界的に富める人はもっと富むようになってきています。実は、日本にも一億円以上の資産を持っている「富裕層」が174万人もいるのです。アメリカに次いで多く、世界の富裕層人口の16%を占めています。ただ、富裕層の人たちが買いたいものがないという問題もあるのですが。

サラリーマンの平均年収の推移

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