「インサイト」を知ればマーケティングも変わる

広告やマーケティングの世界では「インサイト」という言葉が当たり前に使われるようになってきた。しかし、その意味はというと、かなり曖昧だ。本来のインサイトとは何か。インサイトはマーケティングをどう変えるのか。インサイトの第一人者、桶谷功氏にショッパー・インサイトの現状も含めて聞いた。

企業を対象に講演されることが多いと思うのですが、「消費者インサイト」に対する認識は進んでいるのでしょうか。

半数以上の企業の方が「消費者インサイト」「コンシューマー・インサイト」という言葉は知っていますし、マーケティングに活用しているという企業も2、3割はあると思います。最近は、広告会社や調査会社も、インサイトという言葉を使わないとスキル不足を感じてしまう時代になっています。

ただ、そのとらえ方はまちまちで、中途半端な理解のまま言葉だけが広まってしまったところもあります。例えば、今までのアンケート調査や製品の愛用者カードなどを元にしてインサイトに取り組んでいるというところもあれば、広告会社から今の消費者のトレンドを聞いて、インサイトに取り組んでいるという企業もある。インサイトという言葉を、「消費者を理解する」というレベルでとらえている企業がまだ多いというのが実感です。

本来の「消費者インサイト」とはどういうものなのでしょうか。

簡単に言えば「消費者のホンネ」のことです。ただ、ホンネのすべてがインサイトかというと、そうではありません。ブランディングやマーケティング活動のアクションにつながるものに限られます。そうでないものは、いくら消費者のホンネであってもインサイトではありません。消費者自身が気づいていないような深層心理の中で、マーケティング活動に活用できる「心のホットボタン」がインサイトです。

インサイトは最初は消費者インサイトを探ることから始まって、今は店頭のショッパー・インサイトを探る段階にまでなってきています。「消費者インサイト」であれば、「思わずその商品が欲しくなるポイント」のことですし、「ショッパー・インサイト」であれば、「売場の前を通りかかったときに、『あ、これ、いいな。欲しいな』と思うポイント」ということになります。そのポイントをとらえて、商品開発やコミュニケーション、店頭プロモーションをするのが本来のインサイトです。

なぜインサイトなのか

インサイトという考え方は、いつ頃から出てきたのでしょうか。

海外では80年代、日本では90年代から広まったという実感があります。 ただ、当初、国内でインサイトをマーケティングに活用していたのは外資系の企業や広告会社に限られていました。日本の広告会社が使うようになったのは90年代後半だと思いますね。

インサイトが注目された大きな背景としては、商品を出せば売れる時代ではなくなったことがあります。一昔前は、それなりのクオリティーの商品を作って広告し、店頭に並べれば売れましたが、最近は、そもそもモノが欲しいという気持ち自体が消費者の中で減ってきています。人の心をつかまないと、振り向いてもらえない時代になってきているんですね。

実はインサイトは、広告から生まれてきた考え方です。広告は、どうしたら消費者を振り向かせ、人の心を動かすことができるかというところから作られています。それが商品開発や事業計画にも当てはまるのではないかということでP&Gやコカ・コーラがマーケティングに取り入れたのが始まりです。

モノが欲しくない人たちを振り向かせる方法がインサイトということですか。

昔は、「差別化」ということがよく言われました。それが機能したのは、消費者自身が欲しいモノをわかっていたからです。しかも、冷蔵庫や洗濯機という同じカテゴリーの中で選ばれることが勝負でした。ですから、競合商品と差別化をして、自社製品がより優位だと強調すれば売れたのです。性能や付加価値で少しでも相手より優位に立つことがこれまでのマーケティングの基本的な考え方だったのです。

最近は若い人たちが車に乗らなくなってきていますが、そういう人たちに、他社より高スペックだと言っても意味がありません。車自体を欲しいと思わせることが大事です。そのためには、彼らが普段の生活でどんなことをしたいのか。それに対して車という商品がどういう役割を果たすのかを探って商品を作らないといけない。そうしないとメッセージも伝わらないということなんです。それが、今、さまざまなカテゴリーで起きているんですね。

これまで顧客満足に取り組んできたメーカーや流通も多いと思うのですが……。

経済が右肩上がりの時代は、製品やサービスの“改良”や“改善”が売り上げに結びついていました。だから、消費者の不満を聞き、それに応えることに大きな意味があったのです。ただ、「顧客満足」は自社製品を買ってくれる人という前提ですし、見込み客まで含めたとしても範囲は非常に狭い。インサイトの基本的な考え方は、消費者を「一人の人間として見る」ということですが、「顧客」という言葉が、新しいインサイト発見の可能性を狭めてしまうんですね。

消費者を一人の人間として見るというのは?

消費者を知ることはこれまでのマーケティングでも大切だと言われてきました。それで、消費者のニーズを探り出し、そのニーズを満たすベネフィットを見つけてきたわけです。しかし、これまでの消費者分析とインサイトでは、人のとらえ方が根本的に違います。

従来の消費者分析では、人は論理的にモノを考え、合理的に判断し行動すると考えられてきました。製品を選ぶときも、より性能が優れているもの、性能が同じなら付加価値を比較すると考えてきたわけです。それに対してインサイトは、人は気持ちや感情で行動すると考えます。それが消費者を一人の人間としてみるということの意味です。

また、消費者を口説くブランドからの提案「プロポジション」を重視します。それが人の気持ちをとらえ、人と製品の間に共感を作り出すと考えます。インサイトが消費者の行動を変える「心のホットボタン」だとしたら、そのボタンを押すのがプロポジションです。

例えば、プレミアムアイスクリームのハーゲンダッツが日本市場に導入されたのは1984年ですが、その頃の日本には「アイスクリームは子供の食べ物」という固定観念がありました。これがハーゲンダッツが見つけ出したインサイトでした。これに対して「大人が幸せに浸る、アイスクリーム」というプロポジションで、大人のアイスクリームを印象づける戦略を取ったのです。つまり、アイスクリームを初めて「大人のもの」にすることで日本市場導入に成功したということなんですね。

このページのトップへ