
東京の都市圏が拡大を続けた歴史のなかで、鉄道が果たした役割は大きいものがあった。
とりわけJR山手線の主要駅を起点として各方面に敷かれた私鉄の存在は、首都圏生活者の暮らしに大きな影響を与えてきた。
街リポート第5回は、首都圏西部地区交通の大動脈として一翼を担う京王線にスポットをあて、沿線地域それぞれのキャラクターを捉えてゆく。

京王線(本線)は、新宿−京王八王子間37.9kmを所要時間37分(特急利用時)で結んでいる。調布−相模原間を結ぶ京王相模原線、渋谷−吉祥寺間を結ぶ井の頭線等を含めると総営業キロ数は84.7kmに達する。沿線人口の増加と相まって、2007年には年間の輸送人員数が630百万人(京王相模原線、井の頭線等含む)を超えており、都心部と東京西部地区を繋ぐ動脈的な役割を担っている。
鉄道の起源は、1913年(大正2年)に当時の京王電気軌道株式会社の手により、笹塚−調布間が開通されたことに遡る。その後順次路線が延伸され、1926年には新宿−東八王子間の統一営業が開始された。第1次大戦景気後の産業構造の変化や関東大震災をきっかけとした社会変動により、東京の都市圏が西に向かって広がるなか、かつて農村とその中心市街地が点々と存在する状態であった京王線沿線でも、徐々に宅地化が進行した。高度経済成長の軌道に乗った1950年代後半以降は、金子駅(現:つつじヶ丘駅)近隣の「つつじヶ丘団地」、聖蹟桜ケ丘駅近隣の「京王桜ケ丘住宅地」、平山城址公園駅近隣の「京王平山住宅地」などをはじめとした大規模な住宅地開発が進められ、沿線人口の著しい増加をもたらした。
現在の京王線沿線地区は、都心から見た場合、そのほとんどが一様に郊外住宅地として映ると思われる。東京の郊外住宅地に地域ごとに異なる歴史的背景を色濃く反映させた生活様式が残されているとは考えづらい。しかし、通勤・通学、ショッピング、レジャーに関わる様々な環境が整えられてゆくなかで、地域開発のコンセプト、住環境の特色が生まれ、結果として住民の生活意識も地域ごとに違いが生じていることが想定される。次ページ以降では、京王線沿線の主な生活利便施設を概観しつつ、地域ごとの住民特性の違いを捉えてみる。
京王線(新宿−京王八王子間)各駅徒歩圏域の人口は約78万人、2004年から2007年の間に東京都平均とほぼ同じ2.3%の人口増加があった。人口密度(人/平方キロメートル)は11,473人と東京都の平均を大きく上回る。平均年齢は41歳だが、小さな子供や高齢者の人口に占める割合が、東京都全体や他の私鉄沿線に比べ低く、15歳以上人口に占める通学者の割合がやや高いのが特徴的。平均世帯人員は、1.92人で東横線に次いで少ない。住宅については、持家、一戸建の割合が他地区に比べて低く、平均の居住面積も小さい。
