京成線 沿線編 首都圏東部を代表する私鉄

「上野」、「成田」という伝統に彩られた街を結ぶ京成線。
沿線には、下町情緒やショッピングタウンの熱気、長閑な田園の趣きや城下町、門前町の気品など、地域ごとに異なる多彩な表情を見せる路線だ。
街リポート第7回は、京成線にスポットをあて、沿線地域のキャラクターを捉えてゆく。

伝統と革新、日常と非日常が交差する路線

京成線1日当たり平均乗降人員数の推移、京成線沿線地域世帯数/人口の推移

京成線(本線)は、京成上野−成田空港間69.3㎞を結ぶ路線である。本線に押上線、金町線、千葉線、千原線を加えた、2007年度の1日当たり乗降人員数はおよそ140万人にのぼり、首都圏東部地域の交通において、重要な役割を担う路線となっている。京成電気軌道株式会社(京成電鉄株式会社の前身)は、1909(明治42)年に発足した。1911(明治44)年から鉄道敷設の工事が開始され、1926(大正15)年までの間に、押上−成田花咲町間が開通している。その後、青砥−日暮里間、日暮里−上野公園(現:京成上野)間でも工事が進められ、1933(昭和8)年に上野公園−成田間が結ばれるに至った。鉄道開発の背景には、都心部と郊外住宅地を結ぶ他に、成田山新勝寺への参詣客輸送を担おうとした側面があり、当初から生活の中に“成田山詣で”という非日常的な要素を取り入れる機能が存在したといえる。1970(昭和45)年には、新東京国際空港への乗り入れを可能にするべく、新空港線が着工され、1972(昭和47)年に京成成田−新空港間の工事が完了。翌年、特急「スカイライナー」が、京成上野−京成成田間で運転開始。首都圏域で国際空港への人員輸送を担う路線として、重要な役割を果たすこととなった。

現在の沿線は、上野から江戸川までの下町情緒あふれる街々や、多くの文人が好んだ閑静な街並みがひろがる市川、大型ショッピング施設が立ち並ぶ船橋、江戸城下町の面影色濃い佐倉、成田山新勝寺を望む京成成田、そして、空の玄関口「成田空港」と地域ごとに異なる多彩な顔を持つ。伝統的なものと新しいもの、日常的なものと非日常的なものが織り交ぜられたような雰囲気のある沿線である。次ページ以降では、沿線の主な生活利便施設や文化施設などを概観しつつ、地域ごとの住民特性の違いを捉えてみる。

ファミリー世帯の多いエリア

京成線(京成上野駅〜成田空港駅間)各駅徒歩圏域の人口は約93万6,000人。平均年齢は42.3歳だが、幼児〜学齢人口(15歳未満)、高齢人口(65歳以上)の構成比が、他の私鉄に比べ高いのが特徴的。平均世帯人員は2.13人で比較的多い。有配偶率、持家世帯割合も高く、ファミリー世帯が多いことが想定される。ただし、2004年から2007年の間に、世帯数が4.9%増加しているのに対し、人口は1.9%の増加にとどまっており、世帯の少人数化が進行していることもうかがえる。

首都圏4私鉄徒歩圏域(各駅1km圏)比較データ

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